法とコンピュータ学会

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理事長挨拶

 長年の会員諸氏にとっては全く違和感ないであろうが、「法とコンピュータ学会」という名称に初めて接した者はある種の古めかしさを感じるのではなかろうか。

 いうまでもなく、本学会は、「法の分野におけるコンピュータの利用およびコンピュータをめぐる法律問題の調査研究」を目的とし(規約3条)、「急速に進展する情報技術によって社会の隅々に行き渡ったコンピュータのもたらした光と陰の2つの側面を見据え、公法、私法、犯罪対策、データ保護、知的財産権など法の多様な領域を『コンピュータ』という概念を媒介として横断的にとらえる多くの研究者、実務家を集める学際的な研究の場」とされる[1]

 その設立は1976年であるから、今から50年近く前のことである。本誌創刊号(1983年)の巻頭言によれば、1975年に日米コンピュータ会議が東京で開催された際、米国Computer Law Association(1973年設立)との共催で「法とコンピュータ」シンポジウムが行われ、その参加者が中心となって翌1976年に本学会が設立されたという[2]。1976年といえば、設立されたばかりのマイクロソフトがAltair BASICを開発した1975年の翌年であり、もちろんMS-DOS発売(1981年)やWindows開発(1985年)よりも前のことである。

 このように、本学会は「コンピュータ」という切り口で法との関係に取り組む学会としてスタートしたのであるが、その後、約50年の間に、コンピュータというものの存在は大きく変化したのではなかろうか。いまやコンピュータは何ら特別な存在ではなくなり、どこに存在するかを認識することさえないほど我々の生活に溶け込んでいる。一方、1990年代以降は、コンピュータの存在を前提としながらも、インターネットを中心とするデジタル技術・ネットワーク技術の発達と普及がもたらす法的課題に議論の焦点が向けられた。現代においては、「コンピュータ」という切り口よりも「情報」という切り口の方が一般化しているようにも思われる。

 その意味では、「法とコンピュータ」という本学会の名称が、古色蒼然としたものに見えるのも仕方ないかも知れない。ちなみに、本学会の兄貴分である先述の米国Computer Law Associationは、その後、名称をInternational Technology Law AssociationITechLaw)に変えている[3]。しかし、CLAという語は今でもよく用いられ、国際的にも(本学会は所属していないが)International Federation of Computer Law AssociationsIFCLA)という団体がある[4]。そして、ヨーロッパの古い大学においては、建物や名称の古めかしさがむしろその伝統を誇示しているのと同じように、本学会の古めかしい名称こそ、その長い歴史と先人の英知を雄弁に示すものと言うべきであろう。

 そのような本学会においては、初代理事長の早川武夫先生(1976~1986年在任)、二代目理事長の堀部政男先生(1986~2001年在任)についで、三代目理事長の野村豊弘先生(2001~2022年在任)が20年以上にわたって理事長をお務めになり、同先生のご人徳とお人柄に対する強い敬愛から繰り返しの再任をお引き受けいただいていたものの、御年80歳を迎えられてご勇退の運びとなり、このたび不肖私がいったんお役目をお預かりすることとなった次第である。

 ただ、正直なところ、私自身はこれまで本学会に積極的に関与してきた者ではない。おぼろげな記憶によると、2004年に、当時理事であった椙山敬士先生からお声掛けをいただいて、理事となったものの(当時は会員でさえなかった)、この20年間、研究大会の参加状況すら実は芳しくなかった。少なくとも上記のような錚々たるお顔ぶれに並ぶに相応しいとは到底言えない。

 もっとも、私はもとよりメカ好き(死語?)であり、幼少期を過ごした1970年代、兄の影響で、トランジスタやIC等の部品をプリント基板に半田ごて等を用いて組み立てる電気工作キットに凝り、上京の際には、兄の愛読誌「模型とラジオ」を頼りに秋葉原の小店舗に新作の電気工作キットを買い求めたり、小学校の友人Y宅にあったNEC製PC-8001で夕刻までゲームなどしては同宅の母親にやんわり疎まれたり、マイコン(当時はこう呼ばれた)がなかった我が家(ナイコンとも呼ばれた)においては、1980年代に父が購入したシャープ製ポケットコンピュータ(いわゆるポケコン)にハマり、雑誌「マイコン」などに掲載されたBASICのプログラムをひたすら打ち込んだり(保存はもちろんカセットテープ媒体である)、自作のテキストアドベンチャーゲームを作成したりもしていた(当時の愛読誌は「月刊LOGiN」であった)などと言えば、懐かく共感していただける方もおられよう。

 また、1990年代は、学部ゼミの教員であり大学院時代の最初の恩師でもある故辻正美先生(元京都大学教授)が完全なるコンピュータマニアであり、研究面でも西ドイツ(当時)におけるソフトウェア保護に関する論文を書き[5]、7インチディスク数枚を駆使した当時は画期的な判例データベース(当初はカタカナのみであった)を開発したことでも知られていた[6]。さらに、同先生の急逝後は、本学会設立時からの常任理事である故北川善太郎先生(元京都大学教授)[7]の下で、いわゆる「コピーマート」プロジェクトのお手伝いをするなど技術と法に関する様々な経験をさせていただいた。お二人とも民法がご専門であったが、そのような先生方のもとで育った私がいつの間にか著作権法を専攻するようになったのも、このお二人の慧眼による僥倖に他ならない。

 このように考えると、このような運命はさほど偶然ではなかったのかも知れない。二人の先生には墓前にご報告することとしたい。

 ただ、本学会は、他に類を見ないほど広範な学問分野を横断的にカバーし、また会員も、研究者、法律実務家、ビジネス・技術関係者、政策関係者など、極めて多様性に富む。したがって、このような本学会をまとめて安定的に継続発展させていくことは必ずしも容易でなかろう。「始めることより続けることの方が難しい」というのは、私もしばしば諸事について感じることであるが、本学会についても、会員諸氏および役員の皆さまには倍旧のご支援ご協力をお願いしなければならない。また、通常このような法学系学会においてはその運営を担う事務局に関して困難を伴うことが多いところ、本学会は設立当初より本誌刊行の全体を通じて永年にわたり第一法規株式会社様に事務局をご担当いただくという格別の幸運に恵まれている。力不足な私が理事長をお引き受けできたのも同事務局のご協力あってのことである。会員諸氏と共に引き続きご協力をいただければ幸甚である。

法とコンピュータ学会理事長 上野達弘

(「法とコンピュータNo.41(July 2023)」巻頭言より)

[1] http://www.lawandcomputer.jp/syokai.htm
[2] 早川武夫「巻頭言」法とコンピュータ1号1頁(1983年)参照。
[3] http://www.cla.org/
[4] https://ifcla.org/
[5] 辻正美「西ドイツにおけるソフトウェア法の展開」日本工業所有権法学会年報12号1頁(1989年)参照。
[6] 辻正美「マイクロコンピュータによる判例検索システム」民商法雑誌83巻1号25頁(1980年)、同「パーソナルコンピュータを利用した判例検索システム」情報管理24巻7号687頁(1981年)、同「最高裁民事判例データベースMINJIの概要」NBL433号21頁(1989年)参照。
[7] 北川善太郎『コンピュータシステムと取引法――システム契約の法政策的検討』(三省堂、1987年)、同『技術革新と知的財産法制』(有斐閣、1992年)、同『コピーマート――情報社会の法基盤』(有斐閣、2003年)等参照。

  

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